2025年04月18日(金) 18:01
▲昨年引退を発表した永野猛蔵元騎手の“今”に迫る(撮影:大恵陽子)
昨年、競馬界を揺るがしたスマホ事件。一昨年春までの「調整ルームへの持ち込みは可能」というルールから「持ち込み不可」へと改定後も若手騎手を中心に偽装工作をしてのスマホ持ち込みが相次ぎ、ルールに反した使用が発覚。騎乗停止処分を受けた者、自ら引退を決断した者などがいました。
そのうちの一人が永野猛蔵元騎手。スマホで外部との通信に加え、骨折休養中に親族への予想行為が判明し、自ら引退を決断しました。
彼はいま、佐賀競馬場で厩務員として働いています。なぜ縁もゆかりもなかった佐賀なのか、公正確保の問題は大丈夫なのか。彼の将来を案じた多くの方の思いと、それに応えようと、再起を目指す若者の姿がそこにはありました。netkeiba独占取材です。
(取材・文:大恵陽子)
先週13日、佐賀競馬場で行われた重賞・佐賀がばいスプリント。口取り写真に見覚えのある青年が映っていた。永野猛蔵元騎手、22歳。左から3人目、黄緑色のビブスを着ている男性がそうだ。
▲左から3人目が永野猛蔵元騎手。調教を担当するネオシエルが4月13日、重賞制覇を果たした。(提供:佐賀県競馬組合)
このビブスは騎手の道具の手入れやレース準備を手伝うバレットが着用するもの。西日本の地方競馬では第1号となるバレットを永野氏が務めている。
ただ、これは競馬開催日のみの姿。彼の現在の本職は佐賀競馬場・真島元徳厩舎の厩務員で、佐賀がばいスプリントに優勝したネオシエルの調教を担当している。そのため、真島調教師から声を掛けられ、公の場に姿を見せることに躊躇しつつも口取り撮影に収まったのだ。
なぜ佐賀競馬場で働くことになったのだろうか。この口取り撮影が行われる前日に話を聞いた。
「JRAに引退届を出しましたが、馬を嫌いになったわけではありませんでした。新潟の実家に一旦帰って、これからどうしようかといろいろと考えていた時に知り合いからの紹介で『佐賀に行かないか』という話をいただきました」
▲周囲からのサポートに佐賀行きを決断した永野猛蔵元騎手(撮影:大恵陽子)
そこで紹介されたのが佐賀県調騎会の会長でもある真島元徳調教師だった。
「佐賀競馬については全く想像がつかなくて『佐賀!?』となりましたが、僕のために動いてくださる方々がいました。それは本当にありがたくて、色んな道が開けるかもしれないと思い、佐賀で一歩目を踏み出してみようと思いました」
騎手時代、JRA交流レースやヤングジョッキーズシリーズで地方競馬場で騎乗することもあったが、佐賀競馬場は未騎乗。初めての土地だったが、「行ってみるしかない」と、3月中旬に九州へやってきた。
▲2022年のヤングジョッキーズシリーズ・トライアルラウンドでは盛岡競馬場で接戦を制して勝利も手にした(写真一番手前、撮影:大恵陽子)
一連のスマホ不適切利用や親族への予想行為に関して、JRAでは調査を基に裁定委員会で12カ月の騎乗停止処分を下した。競馬関与停止の判断ではなかったものの、疑念は残る。佐賀競馬としてはどのような対応を取ったのだろうか。佐賀県競馬組合の担当者はこう説明する。
「まず前提として、厩務員は調教師が雇い主となりますが、働くにあたっては我々主催者も面接を行います。それは永野さんに限らず、全ての厩務員に対して行っており、主催者面接で公正確保など就業に問題ないと判断されれば、次は地方競馬を統括する地方競馬全国協会(NAR)に意見を伺います。そこでも問題がないと判断されれば、正式に厩務員として認定されることとなります。
永野さんに関しては、一連の事件がありましたので、スマホ不正利用や親族への予想行為とされる事象についてかなり細かく質問をいたしました。その上で反省していると感じた点はもちろん、これから厩務員として働いていただくことは問題ないと判断しました。その後、NARからも同様に問題なしとの回答を得て、3月29日に厩務員として認定されました」
佐賀県競馬組合、NARともに「厩務員就業に問題なし」との判断ではあるが、やはり気になるのは「親族への予想行為」とされる事象。永野氏はこう説明する。
「骨折で入院中、母と他愛もないLINEをしていました。ちょうど病室のテレビでは競馬中継をつけていて、それを見ながらだったので、自分から母に『8番きそうだな』とLINEしてしまいました。騎乗したことのない他厩舎の馬で、今となっては馬名も覚えていません。雑談のつもりでしたが、騎手という立場上、軽率で決して行ってはいけない発言でした。もちろん母も馬券は購入していません。
しかし、公正確保を揺るがしてしまったことは事実で、深く反省しています。騎手引退の意向は第1回裁定委員会が開かれる前にJRAに伝えました。その時点では引退届を受け取ってもらえず、裁定委員会で12カ月の騎乗停止処分が決まった後に正式に受理されました」
そうした経緯で永野氏はJRAを去り、冒頭の流れから佐賀競馬場で働くこととなった。
地方競馬の厩舎スタッフの職業区分は「厩務員」か「調教師補佐」の2つで、JRAでいうところの調教助手の仕事は厩務員に含まれる。調教に騎乗する厩務員もいて、永野氏も毎日約10頭の調教に騎乗する。
「騎手を辞めてからも乗馬はしていましたが競走馬には全く乗っていなかったので、佐賀で久しぶりに競走馬に乗ると『やっぱり楽しいな』と思いました。仕事が結構ハードで、いっぱい馬に乗って、馬房のボロ取りをやって、エサを配合して、午後は干している寝藁を回収したりと、おかげさまで忙しくさせてもらっています。寝藁を干して裏返して回収して、という作業は競馬学校以来。原点に戻った感覚です」
他にもJRA時代との違いは多々ある。調教施設はフラットなコースのみ、追い切り本数よりも実戦重視の仕上げなど。「地方の調教の仕方をいま勉強していることです」と取り組む。
そうした中の1頭が、冒頭の口取り写真に収まったネオシエル。宮崎県産の同馬は3歳時に佐賀皐月賞を勝つなど九州産馬の星として活躍し、5歳になった現在は11連勝(うち重賞2勝)している。
「前向きな気性の馬で、調教ではめっちゃ立ち上がります(苦笑)。調教で乗せてもらって初めてのレースが今回の佐賀がばいスプリントです」
また、昨年のエルムS4着やJBCクラシック4着の実績のあるシルトプレの調教にも騎乗。昨年の佐賀リーディングで、有力馬を多く擁する厩舎で実績馬たちを任されている。
「責任重大です。早く色んなことを覚えていきたいです」
4月5日からはバレットも務めている。担当するのは石川慎将騎手、金山昇馬騎手、青海大樹騎手の3名。
「バレットをやるとは思っていませんでした。これまでは乗っていただけで、馬を曳くことはありませんでした。そうなると、パドックを曳くのも…ということで、真島先生が考えてくださって、開催日はバレットをすることになりました」
レース後に下馬した騎手からムチやヘルメットをバレットが受け取る光景をJRAのレース中継などで見たことのある人もいるのではないだろうか。JRAでは当たり前となった光景だが、地方競馬では南関東を除いてはいない。図らずも西日本の地方競馬ではバレット第1号ということになり、佐賀競馬ではルールを整備した。
そのルールはJRAや他場に比べて厳しい内容で、バレットは業務エリアに入る際にロッカーにスマホを預け、仕事が終わるまで取り出せないようになっている。ロッカー前にはもちろん警備員が常駐。金属探知機を用いた持ち物検査も行われる。さらに、鞍置き場や騎手控室には電波遮断装置が働いており、通信ができない状態となっている。
永野氏はいま、こう話す。
「JRA時代にルール違反があったのは事実で、たくさんの方に多大なるご迷惑をおかけしてしまい、深く反省しています。応援してくださった馬主や関係者の方々、ファンのみなさんをがっかりさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。僕と重賞に出たかったと思ってくださっていた厩務員さんもいて、その思いも裏切ってしまいました。
ルールを絶対に守るという、当たり前のことに対して意識をしっかり持ち、仕事や馬に対して一生懸命取り組んでいきたいです」
犯した過ちは決して小さくはない。ただ、再起をサポートしようとする人たちがいることも事実。縁もゆかりもない地で、22歳は新たな一歩を踏み出そうとしている。
(文中敬称略)
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